埼玉から都内への通勤


埼玉県在住で通勤には電車を利用しています。
浦和駅から乗るのですが浦和駅は北改札ができて、自宅から改札までが近くなりとても便利になりました。
蔦屋書店の中を通って行くと改札があるのですが自動改札が3つあるだけなので朝は混み合いスムーズに通過できずに並ぶこともあります。蔦屋書店の中にスターバックスコーヒーもあり朝からお客さんが来ています。私は駅周辺の商業施設を朝、利用することはありませんが帰りにはイトーヨーカドーや三越伊勢丹も駅からすぐなので買い物をして帰ることも多いです。浦和駅は再開発で高架下にのアトレ浦和ができ神戸屋キッチンなど様々なお店が入っています。現在も工事が続き更に便利になっていくようです。
通勤で浦和駅から赤羽駅までは上野東京ラインを利用しています。
京浜東北線も並行して走っているのでそちらを利用することもできますが浦和と赤羽の間の各駅に停車するので時間がかかってしまいます。そのため比較的空いているのですがそちらを利用することはありません。赤羽までの途中の駅は南浦和、蕨、西川口、川口と続きますが上野東京ラインは停車しません。ただこの沿線は商業施設が充実しているため帰りに京浜東北線に乗り、それらの途中駅で下車し買い物をすることはあります。
乗車時間は浦和駅から会社のある赤羽駅まで乗り換えなしで10分程です。
自宅から浦和駅までは徒歩で10分位、赤羽駅から会社までは徒歩で15分位なのでトータルで40分位かかります。
電車に乗っている時間は短いのでスマホでヤフーニュースを見ていることが多いです。メールをすることもよくあります。
仕事は事務のお手伝いで会社に着くとまず机を拭いたり簡単な掃除をし、その日の仕事の準備をします。
ファックスの確認等が終わるとその後は請求書を作成したり、お客様からの問い合わせに応じたり、様々な雑用をこなしています。

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埼玉県越谷市


私は、自身の地元の埼玉県越谷市にある、千間台中学校という公立の中学校を卒業しました。
卒業した小学校は千間台小学校という学校で、大半の同級生が同じ中学校に進学していました。私の場合はクラスの友達ではなく、当時在籍していた女子卓球部の友達と徒歩で中学校まで通学していました。
学校は三野宮という所にあり、田んぼに囲まれた場所で県立大学の近くにありました。住宅街でしたので、通学路に街灯やお店も多々ありました。
私の中学校では学年ごとに担任の先生とクラスのメンバーが変わるので、年ごとに全く違う雰囲気のクラスでした。
最も印象に残っているクラスは3年生の時です。担任の先生は普段は穏やかに話す先生なのですが、とても生徒思いでよく話を聞いてくれる先生でした。

クラスの同級生も自分が経験した中で一番個性豊かで、男女の仲も良い方だったと思います。

中学校では私は女子特有の派閥を体験し、そのクラスでも女子はグループに分かれていましたが、目に見えたいじめなどはありませんでした。私は英語が得意科目で、授業の不明点などを同級生に教えたり、ネイティブの先生の通訳をしてあげたりと、クラスでは「私」という個性が認められていたように思います。
苦手な科目は数学でしたが、逆に得意な男子に気軽に不明点を質問できる雰囲気でした。
私は3年間女子卓球部に所属していました。卓球に特別興味があった訳でもないのになぜ卓球部に入ったのか今でも不明で、そしてその選択を当時は何度も誤ったと思っていました。というのも、その当時卓球部は「サボリ」の部活と言われており、先輩・後輩の確執やいじめがあったからです。自分もそのいじめの標的になりましたし、いじめを主犯的に行っていたメンバーの指示を聞かなくてはいけないこともありました。だんだんとそのいじめが露呈し、学校全体の問題となったのは2年生の時でした。周りから卓球部全体が白い目で見られ、卓球部内も二つのグループに割れてしまい、正に地獄と思った時でした。先生たちとこのいじめ問題について話し合い、やっと部が一つにまとまったのは3年生の時です。引退する学年になり、皆がそれぞれ進学などを考える時期になって、ようやく収束に向かった時でした。
苦い思い出もあれば楽しい思い出もあり、一番の思い出は3年時の修学旅行です。
一日目は奈良、二日目は京都、三日目は大阪という日程でしたが、食べまくりの旅行でした。奈良では旅館のすき焼きを皆で完食し、京都では美味しい和菓子を試食しすぎ、大阪では道頓堀で名物を堪能しました。班行動だったので、違うクラスの気になっていた男の子がいる班とすれ違うこともあり、目が合ったりすればそれだけで幸せな瞬間でした。その当時は京都や歴史的建造物を楽しむというより、旅行という環境で、友達と色々話をしたり写真をたくさん撮ったりということ自体が楽しかったです。
中学校は私にとって、今後の自分の考え方や行動を決めるきっかけになった場所です。

もちろん甘い思い出も苦い思い出もありますが、あの経験があるからこそ、今の私があるのだと実感しています。

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